プラスチックは本当に悪者なのか?

Plastic Free Julyも6日目になりました。

ここまで読んでくださった方の中には、

「佳代さんはプラスチックが嫌いなんですよね?」

と思う方もいるかもしれません。

でも実は違います。

私はプラスチックそのものを悪者だとは思っていません。

今日はそんなお話を書いてみたいと思います。

プラスチックのおかげで助かっている

私たちの暮らしの中には、

プラスチックがたくさんあります。

キッチン用品。

家電製品。

スマートフォン。

パソコン。

車。

医療機器。

眼鏡。

私自身も毎日たくさんのプラスチック製品に助けられています。

もし突然プラスチックが世界から消えたら、

私たちの暮らしは成り立たなくなるでしょう。

だから私は、

「プラスチック=悪」

とは思っていません。

問題は使い方なのかもしれない

では何が問題なのでしょうか。

私は、

使い捨ての文化

にあるのではないかと思っています。

ほんの数分使うだけのもの。

一度使ったら捨てるもの。

便利だからという理由だけで使われるもの。

そうした使い方が積み重なり、

大量のごみを生み出しています。

もちろん便利さは大切です。

私も便利なものに助けられています。

だから便利さを否定したいわけではありません。

ただ、

「本当に必要かな?」

と考える時間はあってもいいと思うのです。

医療現場では必要不可欠

私は近視が強く、目のことを考える機会があります。

医療の現場を見ても、

プラスチックは欠かせない存在です。

注射器。

点滴。

医療器具。

衛生を守るための包装。

どれも命を守るために必要です。

もしプラスチックを全部なくそうと言ったら、

医療の現場は大きな影響を受けます。

だから私は、

「プラスチックをなくそう」

ではなく、

「必要な場所で大切に使おう」

という考え方の方が好きです。

日本の便利さについて考える

私はオーストラリアから日本へ来て、

日本の便利さに何度も驚きました。

24時間営業のコンビニ。

自動販売機。

丁寧な包装。

宅配サービス。

どれも素晴らしい仕組みです。

そしてその便利さの多くは、

プラスチックによって支えられています。

だからこそ、

便利さを享受しながら、

少しだけ未来のことも考える。

そんなバランスが必要なのかもしれません。

私が目指しているのは「減らす」

Plastic Free Julyを始めた頃、

私はゼロを目指していました。

でも続けていくうちに考え方が変わりました。

ゼロは難しい。

そして無理をすると続かない。

だから今の私は、

ゼロではなく減らすことを意識しています。

レジ袋を一枚減らす。

ペットボトルを一本減らす。

食品ロスを少し減らす。

それだけでも十分意味があります。

敵を作らない環境活動

環境問題の話になると、

時々誰かを責める空気を感じます。

企業が悪い。

消費者が悪い。

政府が悪い。

でも私は、

誰かを責めても解決にはつながらないと思っています。

私自身もたくさんプラスチックを使っています。

完璧ではありません。

だからこそ、

責めるのではなく、

考える。

少しずつ変える。

そんな姿勢を大切にしたいのです。

Plastic Free Julyが教えてくれたこと

この活動を8年間続けてきて学んだことがあります。

それは、

環境問題は我慢大会ではないということです。

そして、

正しさを競うものでもありません。

未来を少し良くするために、

今日できることをやってみる。

その積み重ねです。

私はこれからもプラスチックを使うでしょう。

でも、

使い方を考える人でありたいと思っています。

今日の小さなチャレンジ

今日何か一つ、

身の回りのプラスチックを見てみてください。

それは本当に必要なものでしょうか。

それとも別の選択肢があるでしょうか。

答えは人それぞれです。

大切なのは、

考えること。

それだけでも未来は少し変わるのかもしれません。

明日は、私がラップを買わなくなって気づいたことについて書いてみたいと思います。

実は節約以上に大きな変化がありました。

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