オーストラリアは本当に環境意識が高い?日本と暮らして気づいた違い

パースに住んでいた頃、よく聞かれた質問があります。

「オーストラリアって、環境意識高いんでしょう?」

半分は本当で、半分は違います。

結婚生活20年
10年間向こうで暮らし、日本に戻ってきて8年になる今だからこそ、正直に比較してみようと思います。
きれいごとだけではなく、良かったところも、実は日本の方がすごかったところも、両方書いてみます。

オーストラリアの方が進んでいたこと

まず、素直にすごいと思ったことから。

忘れられないのが、海辺にあった小さなカフェでの出来事です。

そのカフェは、テイクアウトのプラスチックカップをできるだけ出したくないという考えから、 マイカップを持っていくと、好きなカップに淹れてくれるサービスをやっていました。

しかも店内で飲む時も、統一されたおしゃれなカップではなく、
一つひとつ形も柄も違う、ばらばらのカップで出してくれるんです。

効率だけを考えたら、揃っていた方が管理も楽なはずです。
それでも「これがうちのやり方」というオリジナリティを貫いている感じが、
なんだかとても素敵だなと思ったのを覚えています。

プラスチックを減らすことと、お店らしさを出すことが、
無理なく両立しているように見えました。

こういうお店は、そこだけが特別なわけではありませんでした。
海沿いの街には、同じような感覚を持ったカフェやショップがいくつもあって、
「サステナブルであること」が、気負いなく、暮らしの延長線上にある感じがしました。

量り売り・リフィル文化も、日本より一歩進んでいた印象があります。
シャンプーや洗剤、パスタやナッツ類まで、自分の容器を持ち込んで必要な分だけ買える店が、 特別な店ではなく、わりと普通にありました。

必要な分だけ買うので、家に余ったストックがたまることもなく、
結果的に、ものを持ちすぎない暮らしにもつながっていたように思います。

レジ袋も、日本より数年早く有料化・廃止が進んでいた印象です。
マイバッグを持たずに買い物に行くと、「あ、袋忘れた」と気まずくなる空気は、 向こうの方が先にできあがっていたように思います。

スーパーのレジで、店員さんに悪びれずに「バッグ忘れちゃった」と伝えると、 段ボールの切れ端を渡してくれることもありました。
「なければ工夫すればいい」という、ゆるやかな空気も含めて、 向こうらしいなと感じていました。

日本の方が優れていたこと

一方で、日本に帰ってきて「これはすごいことだったんだ」と、逆に気づいたこともあります。

ゴミの分別は、確かに日本の方が細かいです。
燃える・燃えない・資源・プラスチック・缶・瓶・ペットボトル。
自治体によってはさらに細かく分かれています。

パースでは、正直かなりシンプルでした。
「リサイクルボックスに入れておけば、あとはよろしく」という感覚に近かったです。

ただ、これは分別の意識が低いというより、そもそも分別するほどのゴミが出ていなかったというのが正しい気がしています。
個包装のお菓子や、過剰な梱包そのものが少ないので、分別の手間がかかる前に、ゴミの量自体が少なかったんだと思います。

日本の分別の細かさは、確かに丁寧で素晴らしい仕組みです。
でも同時に、それだけ分別しなければならないゴミが多いということの裏返しでもあるのかもしれません。

「もったいない」の感覚も、日本ならではだと思います。
食べ残しを極力出さない、食材を最後まで使い切る、包装紙も丁寧に畳んで取っておく。
特別なことだと思っていなかったこの感覚が、実はとても価値のあるものだったと、 外から日本を見て初めて気づきました。

祖母や母がしていた、当たり前のような小さな習慣。
出汁を取った後の昆布をもう一度使う、野菜の皮まで無駄にしない。
そういう積み重ねは、パースにいた頃には、周りであまり見かけない感覚でした。

日本にいると当たり前すぎて気づきにくいのですが、
これはこれで、立派な「ゼロウェイストの文化」なんだと思います。
制度が整っているかどうかとは、また別のところにある強さです。

それでも、日本には矛盾もある

ただ、正直に書きたいこともあります。

日本は分別が丁寧な一方で、個包装の多さには、帰国後しばらく驚き続けました。
お菓子ひとつひとつが個別に包装され、その上でさらに大きな袋にまとめて入っている。
丁寧に分別する仕組みがあるからこそ、逆に「包みすぎ」に気づきにくくなっているのかもしれません。

パースでは、量り売りの店で買った分だけ、必要な分だけを持ち帰るのが普通でした。
日本に戻ってきて、スーパーで野菜がひとつずつラップに包まれているのを見た時は、
正直、少し複雑な気持ちになったのを覚えています。

「ゴミは正しく分けるけれど、そもそものゴミの量は、実はまだまだ減らせる」
これが、両方の国を見てきた今の、正直な感想です。

どちらが「正解」というより

こうして比べてみると、どちらの国が進んでいる、という話ではないんだと思います。

オーストラリアには、制度や仕組みで行動を変える力がありました。
日本には、丁寧に扱う文化が、すでに暮らしの中に根づいていました。

大事なのは、どちらか一方を真似ることではなく、
自分の暮らしの中で、良いとこ取りをしていくことなんじゃないかと思っています。

私が蜜蝋ラップを手作りしているのも、実はこの延長線上にあります。

日本の「もったいない」の感覚を大事にしながら、
パースで見た「必要な分だけ」というシンプルさも取り入れる。
制度に頼らなくても、ひとつひとつのものを丁寧に扱うことは、今日からでもできます。

それだけで、暮らしは十分に変わっていく。
パースでの7年間と、帰国して8年の暮らしを両方見てきたからこそ、そう思うようになりました。

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