私たちの身近にある「蜜蝋(Beeswax)」。じつはこれ、人類の歴史とともに歩んできた、とても長いストーリーをもつ素材なんです。
蜂が巣をつくるときに分泌する蜜蝋は、防水・保存・抗菌・柔らかさといった性質があり、食や医療、宗教や芸術まで、世界中で幅広く使われてきました。ここでは、そんな蜜蝋の歴史をぐるりとたどってみます。

1. 先史時代 —— すでに使われていた自然の知恵
考古学の調査では、なんと約9,000年前の土器から蜜蝋の痕跡が発見されています。ヨーロッパや中東の新石器時代の人々は、器の内側に蜜蝋を塗って防水性を高め、液体を保存したり調理に使っていたようです。つまり、蜂と人間の関わりはとても古く、暮らしの知恵として受け継がれてきたのですね。
2. 古代文明 —— 神聖で生活に欠かせない素材
- エジプトでは、ミイラの防腐処理に蜜蝋が欠かせませんでした。香油や化粧品にも使われ、神殿の灯りとしても重要。死者を守り、神聖さを象徴する素材だったのです。
- ギリシャ・ローマでは、蜜蝋を塗った木板「蝋板」が筆記道具として普及しました。船や器の防水、薬用の軟膏、そして蝋燭にも利用され、医師ディオスコリデスは薬としての効能を記録しています。
3. 中世ヨーロッパ —— 教会と芸術の中で
中世のヨーロッパでは、蜜蝋キャンドルが教会にとって必需品でした。煤が少なく、清らかな光を放つ蜜蝋は「神聖さの象徴」として大切にされ、修道院では養蜂が組織的に行われていました。
また、絵画の分野では「エンカウスティック技法」という、蜜蝋を顔料と混ぜて熱で定着させる方法が用いられ、芸術作品に特別な輝きを与えていました。
4. イスラム圏とアジア —— 医学や宗教で広がる蜜蝋
- イスラム世界では、医学者アヴィセンナが『医学典範』の中で蜜蝋を紹介。炎症や傷の治療に使われていました。
- 中国では、唐の時代から薬や化粧品として利用され、仏教の灯明としても活躍。
- 日本では、平安時代に輸入され、高級品として薬や蝋燭に使われていました。和蝋燭はハゼの実由来でしたが、蜜蝋は特別な外来品だったのです。
5. 近世から近代へ —— 贅沢品から実用品へ
ヨーロッパでは、近世の宮廷や教会で蜜蝋キャンドルは「贅沢な光」として輝きました。しかし、19世紀に石油からつくられる安価なパラフィン蝋燭が登場すると、その立場は交代。
それでも蜜蝋は、医療品や家具・楽器の仕上げ、防水加工や磨き剤など、生活の中でしっかりと役割を果たし続けてきました。
6. 現代の蜜蝋 —— サステナブルな暮らしとともに
いま、蜜蝋は世界中で再び注目されています。
- 食品分野:チーズのコーティングやキャンディの艶出し、食品保存用の蜜蝋ラップ。
- 化粧品・医薬品:リップクリームやハンドクリーム、自然派の軟膏に欠かせない基材。
- 工芸・アート:インドネシアのバティックや蜜蝋画、木工や革製品の艶出し。
- 環境分野:プラスチックの代わりになる蜜蝋ラップやバッグは、ゼロウェイストやサステナブルな暮らしの象徴になっています。

まとめ —— 時代を超えて愛される理由
蜜蝋は古代から、食を守り、体を癒し、光をともすために、人々の暮らしのそばにありました。石油製品の時代を経てもなお、自然素材としての安心感や持続可能性から、現代の暮らしに再び戻ってきています。
小さな蜂がつくる蜜蝋。その結晶には、人類の知恵と歴史がぎゅっと詰まっています。私たちが今、蜜蝋を暮らしに取り入れることは、古代から続く自然とのつながりをもう一度取り戻すことなのかもしれません。

私たちのオーガニック蜜蝋ラップも、こうした長い歴史の延長線上にある暮らしの知恵のひとつ。現代の台所で、古代から続く自然素材の力をぜひ体感してください。