イノベーションの代償:進化が招いた環境汚染の影

経済発展の影で起きた環境汚染の歴史


私たちの生活が大きく変わったのは、18世紀後半の産業革命から。動力の劇的なイノベーションで蒸気機関が動きだし、工場が次々にできて、物が大量に作られる時代が始まりました。

でも、その便利さの裏には、見えにくい影が。

たとえば、19世紀のロンドンでは、工場から出る黒い煙が空を覆い、厚い「スモッグ」と呼ばれる霧が町中に立ち込めていました。空気が真っ黒で、目も喉も痛く、外に出るのもつらい日が続いたのです。人々は咳き込んだり、呼吸器の病気で苦しみ、生活は決して楽なものではありませんでした。

川や湖も工場の廃水で汚れ、魚が死んで水が臭うこともありました。これらは経済の発展と引き換えに、私たちの健康や自然が犠牲になった歴史の一部です。

遅れて100年ほどあとですが、日本でも同じようなことが起きました。私の地元でもあるし、身近な問題だったので記憶しているのが福岡県の北九州市(旧・小倉市)は高度経済成長期に「公害の街」と呼ばれた環境汚染が深刻でした。

石炭から石油へのエネルギー転換や重工業の急成長により、「七色の煙」と発展を誇りに思っていたのですが、徐々に工場排煙による大気汚染・工業廃水が河川に流れ込み、住民の健康被害が増加。

この「北九州公害」では、喘息や肺疾患を患う人が増え、子どもたちの呼吸器系の病気も多発。空気は煤煙で霞み、日常的に息苦しさを感じる環境でした。

住民たちは被害の深刻さを訴え続け、1970年代から環境規制が強化されるまで長い闘いが続きました。この歴史は、経済成長と環境保護の両立がいかに難しく、また必要かを私たちに教えています。

プラスチックの登場と広がる環境問題


20世紀になると、新しい素材「プラスチック」が私たちの生活にやってきました。軽くて丈夫で、何にでも使える便利な素材です。スーパーの袋や食品の包装、家の中のたくさんのものがプラスチックでできるようになりました。

でも、その便利さの影で、使い捨てられたプラスチックは自然にはなかなか分解されません。

海に流れ込んだプラスチックは波に揉まれ、細かく砕けて「マイクロプラスチック」と呼ばれる微小な粒子になります。これが魚や海鳥の体に入り込み、生態系に影響を与えています。さらに、それが私たちの食卓にも戻ってくるかもしれないのです。

世界で作られるプラスチックの量は、1950年の約200万トンから、2020年にはなんと3億8000万トンにまで増えています(国連環境計画2021年)。プラスチック問題は今や、私たち全員が向き合うべき大きな課題です。

これからの環境問題と、私たちにできること


未来の環境はどうなるのでしょうか?

実は、気候変動の加速や生き物の減少、水の不足、土の悪化、そしてプラスチック汚染の広がりなど、多くの問題が私たちを待ち受けています。

気温の上昇は、異常気象を増やし、農作物の生育にも影響します。森や海の生き物たちは住む場所を失い、絶滅の危機にさらされています。私たちが普段使う水も、地域によっては足りなくなったり、汚れたりしています。

でも、良いニュースもあります。

今は環境を守るための技術も進み、世界中で人々の意識も高まっています。私たち一人ひとりができることもたくさんあります。小さなことですが確実に効いてきます。

たとえば、プラスチックの代わりに繰り返し使えるオーガニック蜜蝋ラップを選んだり、マイバッグを持つ、小さなゴミを減らすなど、日常の中で工夫してみることです。

過去の歴史から学び、問題を知ることが変化の第一歩。完璧を求めず、できることから楽しみながら取り組むことが大切です。

イノベーションが起これば何かしら影響があり、その都度人は新しい可能性を見つけてまた動き出す。

未来の地球は、私たちの行動で確実に変わります。だからこそ、今こそ小さな一歩を踏み出してみませんか?


参考文献

  • 国連環境計画(UNEP)『プラスチック汚染の現状報告』2021年
  • 世界経済フォーラム『The New Plastics Economy』2016年
  • IPCC 第6次評価報告書(2021年)
  • WWFジャパン『生物多様性と私たちの暮らし』2020年

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