アップサイクルのこれから──世界の流れと里山の知恵、そして小さな実践

「アップサイクル」

捨てられるはずだったものに、もう一度価値を見出す。
そんな取り組みが、世界の中で少しずつ広がっています。

一方で、日本の里山では、こうした考え方に近い暮らしが、ずっと前から続いてきました。

新しい言葉として語られているものと、
昔から続いてきた営み。

そのあいだにあるものを、少し整理してみたくなりました。

今日は、世界の流れと里山の知恵、そして今関わっている小さな実践について書いてみます。


世界で広がるアップサイクルの流れ

世界では、アップサイクルは「環境にいいこと」という枠を少し超え、社会の仕組みの一部として扱われるようになっています。

背景にあるのは、資源の使い方そのものを見直そうとする動きです。

これまでのように、
作って、使って、捨てる。
その一方向の流れではなく、

すでにあるものを活かしながら、
もう一度価値を与えていく。

そうした循環の考え方が、少しずつ広がっています。

食品ロス、繊維廃棄、プラスチック問題など、さまざまな分野で取り組みが進み、企業や自治体の中でも具体的な形になり始めています。

派手に見える取り組みもあれば、目立たないものもありますが、
確実に方向は変わりつつあります。


里山に息づく循環の知恵

一方で、里山の暮らしの中には、もともとこうした考え方がありました。

使えるものはできるだけ使いきる。
壊れたら直す。
別の形で使い続ける。

それは「環境のためにやること」ではなく、
自然とともに暮らす中で生まれた、ごく当たり前の選択です。

間伐材、古布、農産物の副産物。
特別な資源ではなく、身の回りにあるものをどう活かすか。

その積み重ねが、結果として無駄を出さない暮らしにつながっていました。

効率や便利さとは少し距離を置いたところに、
別の価値の基準が存在していたように感じます。


似ているようで、少し違う

世界のアップサイクルと、里山の循環の知恵。
どちらも同じ方向を向いているようで、背景は少し異なります。

世界では、「どう循環させるか」という仕組みづくりが重視されています。
どれだけ効率よく、持続的に回していけるか。

一方で里山では、「どう共に暮らしていくか」という感覚が中心にあります。
自然との距離感や、無理をしない関わり方。

どちらが優れているという話ではなく、
それぞれが違う役割を持っています。

だからこそ、この2つが交わるとき、
新しい形が生まれる余地があります。


いま関わっている小さな取り組み

最近、高校生が考えた「野菜を使ったクレヨンづくり」に関わる機会をいただきました。

形や規格の関係で活用されにくい野菜から色を取り出し、クレヨンにする取り組みです。

一見するとシンプルですが、実際に形にしていくには、いくつもの工程があります。

どの野菜でどんな色が出るのか。
時間が経っても色は安定するのか。
素材同士の組み合わせはどうか。

試作を重ねながら、少しずつ調整を続けています。

私は、素材の扱い方やこれまでの経験を共有しながら、その過程に関わらせてもらっています。

ただ、関わる中で強く感じるのは、
一緒に考えているという感覚です。

どうすれば形になるのか。
何を大切にするのか。

そうしたやり取りの中で、
ものづくりの視点そのものが育っていく様子があります。

こうした発想が自然に出てくること自体に、
ひとつの流れの変化を感じます。


これからのかたち

世界の動き、里山の知恵、そして新しい世代の発想。

それぞれは別々に存在しているようで、
少しずつ重なり始めています。

大きな仕組みとしての循環。
日々の暮らしの中にある実践。
そして、柔軟な発想。

どれか一つだけではなく、
それぞれが関わり合いながら形になっていく。

その途中に、今いるような感覚があります。


アップサイクルは、特別な取り組みではなく、日々の暮らしの中にあります。

何を選び、どう使い、どう手放すか。
その一つひとつが、次につながっていきます。

大きな変化ではなくても、
続いていくことに意味があります。


里山の素材を使ったりした蜜蝋製品づくりもいろいろと思案するきっかけにもなって楽しい春を満喫中です。

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