プラスチックは「自然に分解されにくい」とよく言われます。
でも実際には、どこで、どんな状態で、どれくらい分解されないのかまで考える機会はあまり多くありません。
海洋プラスチックの問題は広く知られるようになりましたが、海だけが特別に深刻というわけでもありません。プラスチックは、場所によって“より分解されない環境”に置かれていることがあります。
私たちが日々の暮らしの中で出しているゴミは、捨てた瞬間に終わるわけではなく、その先で長い時間を過ごします。今回は、プラスチックゴミが「最も分解されにくい場所」とはどこなのか、そしてそれがなぜ問題なのかを、暮らしの延長として考えてみたいと思います。

プラスチックは自然にはほとんど還らない
まず前提として、プラスチックは自然素材のように土に還ることはほとんどありません。ここでよく混同されるのが、「分解される」と「細かくなる」の違いです。プラスチックは紫外線や摩擦によって細かく砕けていきますが、分子レベルで自然物に戻るわけではありません。
その結果生まれるのが、マイクロプラスチックと呼ばれる非常に小さな粒子です。目に見えないサイズになっても、物質としては残り続け、水や土、生き物の体内に入り込んでいきます。「見えなくなる=なくなる」ではないという点が、プラスチック問題の難しさでもあります。
海よりも、実は深刻な場所がある
プラスチック問題というと、海に浮かぶゴミの映像が強く印象に残ります。ただ、分解されにくさという点で見ると、海よりも条件の悪い場所があります。それが、光や酸素がほとんど届かない環境です。
たとえば、深い土の中や、密閉された場所。紫外線が当たらず、空気の流れもない場所では、プラスチックは劣化するきっかけをほとんど失います。つまり、分解が進まないまま、長い時間そのままの状態で残り続ける可能性が高くなります。
埋立地・焼却・リサイクルのリアル
日本では多くのプラスチックゴミが焼却されています。焼却によって体積は減り、目に見える形では「消えた」ように感じられますが、完全に問題が解決するわけではありません。燃やす過程でエネルギーを使い、排出されるガスや灰の処理も必要になります。
一方、埋立地に送られたプラスチックは、先ほど触れたように分解がほとんど進まない環境に置かれます。数十年、あるいはそれ以上の時間、そのままの形で残り続けることも珍しくありません。
リサイクルについても、「回せば安心」という単純な話ではありません。実際には再利用できる回数に限界があり、最終的には処理しきれなくなります。世界的にも、処理能力が追いつかなくなっている現実があります。

なぜ世界で問題視されているのか
Plastic Free という言葉が広がっている背景には、単なる意識の高さではなく、処理の限界があります。これまでのように「使ってから考える」「あとでどうにかする」というやり方が、もう通用しなくなってきているのです。
どこかで必ず行き場を失うプラスチックが生まれる。その量が増え続ければ、見えない場所に問題が積み重なっていきます。世界各地で規制やルールが強化されているのは、そうした現実が共有され始めているからでもあります。
暮らしの中で生まれたゴミは、どこへ行くのか
買い物が終わったあと、料理が終わったあと、台所に残る包装や容器。それらはゴミ袋に入れた瞬間、私たちの生活空間からは消えます。でも、その先の行き先は、あまり意識されません。
焼却、埋立、輸送、選別。そのどこかで、分解されにくい状態のまま長い時間を過ごすプラスチックが存在します。ゴミを出すという行為は、問題を終わらせることではなく、場所を移動させているだけなのだと感じることがあります。
私が「これ以上生みたくない」と思う理由
プラスチックを完全に使わない暮らしは、現実的ではありません。私自身、完璧を目指しているわけでもありません。ただ、これ以上増やさない選択ができる場面では、そうしたいと思うようになりました。
家族が多い暮らしでは、日々のゴミの量がそのまま現実として積み重なります。一つひとつは小さな包装でも、行き先を考えると、気にならなくなることはありませんでした。
分解できない場所を、これ以上増やさないために
プラスチックゴミが最も分解されにくいのは、見えない場所、動かない場所、変化のない環境です。そうした場所を増やさないためにできることは、意外とシンプルです。使う前に一度立ち止まること。不要なものを生み出さない選択を重ねること。
世界の問題は大きく見えますが、入り口は台所や買い物の場面にあります。分解できないゴミをどこかに押し出すのではなく、そもそも生み出さない。その意識が、現実的な一歩なのだと思っています。


