世界の暮らしは、思ったよりプラスチックが少ない

地球の食卓 ― 世界24か国の家族のごはん
著者は、ピーター・メンツェルとフェイス・ダルージオ。

世界各国の家庭が、一定期間に食べた食料をすべてテーブルに並べ、その家族と一緒に写っている写真集です。

20年以上前のものですので現在の食卓事情とは違っていますがとても興味深いです。国も文化も違う家庭の食卓が、同じ条件で並べられていて、「食べる」という行為がどれほど暮らしを映すものなのかが、視覚的に伝わってきます。

写真の中で、いちばん違って見えた日本の食卓

この写真集で、特に印象に残っているのが日本の家庭の写真でした。


他の国と比べて、明らかに加工品が多く、果物が少ない、ほとんどの食材が袋や容器に入っていたのです。個包装された食品、袋詰めの野菜。見た目は整っていて、清潔感があります。

ただ同時に、「この食事のあと、どれくらいのプラスチックゴミが出るのだろう」と考えてしまいました。普段の買い物や料理では気づきにくいことが、写真という形で一気に見えてきた感覚でした。

この写真集を初めて手にして見たときはオーストラリアにいたので、この感覚はわたしだけ?と思っていましたが、Facebookでこのトピックを扱った他国の人たちがこぞって食卓そのものよりこのゴミの量を処理する日本の生活が気になると書かれていたことに驚きました。

他国の家庭に多かった、生鮮食材そのものの姿

一方で、ほかの国の家庭の写真では、生鮮食材がそのままテーブルに並んでいる様子が多く見られました。野菜は裸のまま、果物は山積み、パンは紙に包まれているだけ。プラスチック包装はあまり写っていません。

特別に「環境に配慮しています」という雰囲気ではなく、ただ日常の食事がそこにある、という印象です。食材そのものが前に出ていて、包装はあくまで脇役でした。

加工品の多さは、便利さの積み重ね

日本の暮らしは、加工食品や下処理済みの食材がとても充実しています。

忙しい日常の中では、助けられている場面も多いと思います。ただ、その便利さは、ほぼ必ず包装とセットです。

一つひとつは小さな袋でも、食卓一回分として並べると、その量ははっきりと目に見えます。写真集を通して見ると、日本の食生活がどれだけプラスチックに支えられているかが、感覚的に伝わってきました。

世界の家庭は、プラスチックを減らそうとしているわけではない

印象的だったのは、他国の家庭が特別なエコ活動をしているようには見えなかったことです。プラスチックを減らそうと頑張っているというより、そもそも包装された食品が少ない。買い物の段階で、生鮮食材が中心になっている。

その結果として、食卓にもゴミにも、プラスチックがあまり登場しない。暮らしの前提そのものが違う、ということを感じました。

日本の暮らしを否定する話ではない

もちろん、これは日本の暮らしを否定したいわけではありません。衛生面や品質管理、利便性の高さは、日本の大きな特徴であり、強みでもあります。ただ、その仕組みが大量のプラスチック使用と結びついていることは、写真を通しても見えてきます。

便利さと引き換えに、どこでどれだけのゴミが生まれているのか。その構造を知ること自体が、大切なのだと思います。

食卓は、暮らしと社会問題が交わる場所

『地球の食卓』の写真を見ていると、プラスチック問題は遠い社会課題ではなく、毎日の選択の積み重ねだと感じます。何を買い、どう食べ、どんな形で終わるのか。そのすべてが、食卓に表れています。

世界の暮らしは、思ったよりもシンプルでした。包装が少なく、食材が主役で、ゴミの存在感が小さい。その違いは、意識の高さではなく、暮らしの前提の違いから生まれているように思えます。

日本の生活にそのまま当てはめることはできませんが、世界の食卓をのぞいてみることは、これからの暮らしを考えるヒントになる。そんなふうに感じています。

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